マネー・ボール〔完全版〕
- タイトル:マネー・ボール〔完全版〕
- 著者:マイケル・ルイス (著), 中山宥 (翻訳)
- 出版社:早川書房
- 形態・レーベル:ハヤカワノンフィクション文庫
- 価格:¥987+税
- 発売日:2013/04/10
読了。
「ビッグデータ」がバズワードとして流行して、統計が実は非常に強力な武器だと皆が気付き始めたこの時代。旧態依然として勘に頼り切った米メジャーリーグを舞台に異端児の快進撃を描いた必読…とか適当に宣伝を並べることも考えたが、実際にはちょっと切り口は違う。
全体としてはアスレチックスの「ビズ」の仕切りを中心に、ゼネラルマネージャーのビリー・ビーンの過去が少し、野球界のデータの扱いなどを絡めて進む。
もっとも、野球界のあまりの石頭に著者が失望したと言い切るだけあって、アスレチックス以外の話は出てこない。メジャーリーグ全体を俯瞰したければ別の本を当たるべきだろう。
確かにそれまでデータを読もうとせず、のみならず結果を示してすら受け入れを拒む理解しがたい頑迷な世界ではある。そこでしたたかに立ち回る面白さは本題ではある。
だが、統計学を武器にした勝利劇と言うよりは、過去の挫折を抱えた「傷物」達の生き方という行間がまた味わい深い。
巨人の肩に
意外なことに、実は野球のデータ化の必要性を訴え、統計で扱い数学的に示すことを始めたのは主役たるビリー・ビーンではない。
どころか、データを中心に運営を行おうとした者もそれ以前に実際にいる。これは本文中でも明言されているし、ビリーが全てを発明したような描写は一切ない。
が、それを成し遂げたのはビリーが初めてと言っていい。そして、後に続く者はその戦果から考えればやけに少ない。
データ化を唱え精密な評価を実現したパイオニアも、自身の成果が野球を良い方向に向かわせることはできず、むしろ逆だと回想して筆を置いたことが記されている。
正に成果を正しく測るための道筋をつけた者が、それによって成績を上げた者が、全く評価されないという皮肉。常に人間模様を感じるのはそういったやるせない現実を見せられるからだろう。
傷物
アスレチックスを立て直したビリー。学者肌の門外漢が期待されず…というドラマのような筋書きではなく、実際はもっと泥にまみれた経歴だ。
若くしてスーパースター級とみなされ、メジャー入り後も成功を全く疑われない。不調で2軍以下に落とされた時でさえ、周囲は彼が遠からずスーパースターとしてメジャーリーグで大暴れすると信じていた。
だが、そんな期待と裏腹に彼は全く成果を出せずに自身に失望し、メジャーリーガーとしての道をついに諦める。
その後、運営手腕を発揮して空前の成績を上げても、ほとんど同業や関係業界人からは正当な敬意を払われないのと対照的だ。
そんな彼が集めるのは、「使えない傷物」としてお買い得価格で獲得できる選手たち。変形フォームで評価できないとして成績を全く重視されない投手、選手生命に関わる怪我で放出された捕手(おい、アスレチックスでは一塁守れ)、それまでの評価からドラフト指名を本人が微塵も信じていない大学生…。
全員が全員、幸せになったとは言い難いが、それでも居場所を見つけてボスに報いるために全力を尽くす姿は、ビリーが決して強欲なだけの独裁者ではないと示している。(何より、人たらしの危険な力でトレードを成功させて他球団に地団太を踏ませている)
オフシーズン
空前の成績を上げたビリーは、その後他球団のモデルとなったか? メジャーリーグは統計学の最前線となったか?
あとがきを信じるならば、どちらもNOだ。
それまでの頑迷さを受け継ぐがごとくやり方は変わらず、のみならずビリーへの評価は小狡く運が良いだけという中傷にまみれたものだ。これは著者も気にしているらしく、反論をいくつか出している。
そんな時代遅れだからこそ俺たちは勝ち残れる、という強がりも有りなのかもしれないが、ハッピーエンドではないのだ。選手をビリーは評価したが、同業者はビリーを評価しなかった。
野球選手時代のビリーとの明暗は戯画的ですらある。
本人は望まないかもしれないが、もし機会があればビリー自身の伝記を読みたいところ。
野球を憎まずに自分を作り替え、データ駆動する球団を立ち上げる。その原動力は結局のところ何だったのだろうか? 納得のいく、ビリーの動機の根底はおぼろげなままである。
球団のシステマチックな部分に光を当てた結果、むしろ人間模様が浮き彫りになる。数式を読まなければ理解できない場所は一切出てこない。新しい試みを行おうとした物語として、あるいは栄光の過去を振り切って再度自分の立っていた場所に関わる物語として読むことができる一冊。