Ex-Libris
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最初の人間
  • タイトル:最初の人間
  • 著者:カミュ (著), Albert Camus (原著), 大久保 敏彦 (翻訳)
  • 出版社:新潮社
  • 形態・レーベル:新潮文庫
  • 価格:¥662+税
  • 発売日:2012/10/29

読了。

「教科書で見たことのある名前だから」という敬遠は無意味だ。ノーベル文学賞受賞作家にして、天才と呼ばれた著者の未完の遺作だが、逆に未完であることが何らかの影響をおよぼしたか、物語に無理に抵抗しなければ良き時間を与えてくれる。
少年(あるいは少女)時代を幸福な瞬間のあった思い出とできる程度の年齢ならば、何がしか感じるものがあるだろう。

葉影の風景

解説にもあるが「最初の人間」とは、家柄や大きな功績によって記憶されることがない親たちの次代の子供、そこから歴史を始めることを余儀なくされた者のことだ。
しかし作中では、父親のルーツの探索に失敗しても結局のところ…むしろそれゆえに母親の元へと戻る自分を再認識させられる。

追憶が歴史の教科書のような秩序だった時間軸ではなく、床に落ちる影絵のようなあいまいでどこか気怠げな断片であるように、この作品から受ける印象も半ば夢の中のようなものだ。少年としてではなく、少年時代を思い出す誰かとして。

読み手の少年時代への想いによるが、秘密基地や無邪気な実験、世界への悪意ない関わり、そしてある日大人になっていたことを「発見」すること。
ぼくはアルジェリアを知らない。フランスとの距離を知らない。しかし、確かに風の強い日を、埃っぽい墓地での夏の日を、大人にならねば構成に携わることを許されない社会を子供時代に覗き見る感覚を、味わえた。

ぼく自身がアイデンティティの成立を祖母に大きく依っていたいたことと、追憶が「通りの神秘と憂愁」のようなシルエットと不安感と未知なるもので構成されていることも大きいけれども、そうでなくとも、天才と呼ばれる作家のわずかに見せた素顔は読み手に何がしかを想起させると思う。

読み物として

おそらくは完成させていれば、ある人間の、継続した家柄や歴史を持つことのない一人の、一生を描いた作品となっていたのだろう。しかし、著者が不慮の事故によりこの世を去ったために少年期の回想が中心の未完の作品となった。

いくらかは、未完成で不備な形式であることが奇妙な反応を起こしたためのなじみやすさという点もあると思う。それを理由として作家本人への興味がない限りはおすすめしない、という人もいるし、無条件に満点をつけるのはためらわれる。実際のところ、何かの結論に達するための物語ではない。カミュを読もうとすれば当時の時代背景(サルトルとの論争など)を含めて理解し、他の著書に触れる必要があるのだろう。
でも、尽きぬ悩み、自身の寄る辺、そういったものと向き合うための木陰として物語の力を借りることは悪い事ではないと思うのだ。

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